第 一 章





 深い眠りから覚めた由貴は、自分が暖かい布団にくるまっていることに気付き心からの安堵を覚えた。
(やっぱりあれは夢だったんだ)
しかし、獣に襲われた恐怖も、男に腕をつかまれていた感触も、不思議なほどリアルに残っている。
由貴はそれらを振り切るように大きくのびをし、ごろりと横に転がった。と、壁に面しているはずの方に転がっ
たにも関わらず、由貴は寝台から転げ落ちた。
「いったー!もぅ、なんでベッドが動いてるの――」
頭を撫でながら顔をあげた由貴は、周りの様子に気付いて口をつぐんだ。その大きな目が驚愕に見開かれて
いく。
彼女が寝かされていたのは、見たこともない様相の部屋だった。広さは教室くらいもあり、天井は高く、床は
鏡のように研きこまれた石造りだ。由貴が寝ていた寝台も広々としていて、仰々しい天蓋から薄い布がカーテ
ンのように垂れ下がっている。部屋の所々にさり気なく置かれた調度品は、触るのもためらわれるほど高級感
漂うもので、どこか唐風なデザインだった。壁を伝う模様もまた中国でよく見る唐草模様に似ている。
しかし部屋全体は独特な雰囲気に満たされていて、その部屋が厳粛ななんらかの文化によって統一されて
いるのが感じられた。
「どこ…此処」
呆然と呟き、由貴は惚けた顔で立ち上がった。
ふいにいいにおいが鼻をかすめ、由貴はきょろきょろと辺りを見回し、小さな円卓に置かれている食器に目を
とめた。食器からは湯気が立ち上り、逆らいがたいほど魅力的なにおいを漂わせている。
由貴は円卓に備えられていた椅子に座り、じっと疑わしい目付きで食器の中身を検分した。薄い陶器に入っ
ていたのは、具がいっぱいの粥だった。その横にはお椀と急須。
急須を覗くと、色とりどりな葉が香ばしいかおりを放っていた。それもじっと見つめたのち、由貴は我慢できなく
なったようにさじに手をのばした。
粥を一口すくって口に含む。途端に目を見開き、由貴は流し込むように残りをかきこみ、あっという間に平らげ
てしまった。
お茶のほうもしばらく躊躇したがどんな味か気になって飲んでしまった。お茶も申し分なく美味しかった。
空腹が満たされ落ち着くと、由貴は再び立ち上がって部屋を歩き回った。頭のなかは相変わらず混乱してい
たが、由貴は妙な安心感に包まれていた。見知らぬ異国のような部屋に寝かされていたというのに、自分が
危険な状況に立たされているとは露ほども思っていなかった。とにかく、ここには恐ろしい獣も、紫炎という奇
怪な男もいない。それが何よりも重要だった。
「ってことは、あれは夢じゃなかったのね…」
信じられない思いでそう考えながら、由貴は今更背筋がうすら寒くなるのを感じた。たった一晩でいろんなこと
が起こった。どれも信じられないことばかりだったが、ひとつだけたしかなのは、自分がもう少しで殺されそうだ
ったということ。
あの狼のような化け物の牙をまざまざと思い出してしまい、由貴は震えが止まらなくなった。今まで命が脅か
されたことなどなかった。いつ死ぬか予測不可能なのはどこにいても変わらないが、あんなに自分の死を間近
に感じたのははじめてだ。
少しすると震えは治まり、また落ち着きを取り戻した由貴は部屋にたったひとつの扉に歩み寄った。
扉は重工で、押してもびくともしないようにみえたが、由貴が試しに触れてみると、軋んだ音をたてながら難な
く開いた。
恐る恐る扉から顔を覗かせると、真っすぐに伸びている広い廊下が目に入った。廊下の壁には点々と明かり
が灯っていたが、由貴はどういうわけかその明かりが石が積みあがっているだけの壁から直に瞬いているよ
うに見えてしょうがなかった。
由貴は一回部屋を振りかえって思案したものの、多大な好奇心に負けてそっと部屋を出た。
石造りの床が裸足に冷たい。
由貴は廊下をゆっくりと歩き始めた。
(まずはここがどこなのか確かめなくちゃ。誘拐されたわけじゃないことは確かよね。どう見たって金に困って
る奴が住んでるようには見えないし)
激しい動悸を抑えながら、由貴はいたって平然とした顔で辺りを注意深く観察した。
この建物は横幅がかなりあるようだった。廊下は真っすぐ続いているというのに果てが見通せないのである。
広い廊下の横には一定の間隔を開けて扉が両脇にあり、まるで変わった内装の旅館に見えた。
突然に由貴は立ち止まり、左に開けた横道に目をむけた。なぜか無性にその方向に心惹かれたのだ。由貴
は周りに注意をはらうことも忘れて、夢見るような足取りで左の廊下を進んでいった。
つきあたると、不自然にかけられたたれ幕があった。まるで前から知っていたように、由貴は迷う事なく幕を押
し上げ、下へ続く階段を見つけた。その足場の危うい階段を下りながら、由貴は自分が誰かに導かれている
ような気がしていた。
だんだん、差し込む光が薄れてくる。由貴が不安を感じはじめたころ、ふいに階段の下の方から青白い光が
差し込んできた。由貴は足を早め、階段を下りきると、目の前に開けた光景に感動のため息をついた。
そこには隅々まで静かな青い光が投げ掛けられていた。部屋は天井から床まで、石を規則正しく積み上げら
れた形で造られている。石に青い光が照りわたる様子は寒々しいはずなのに、部屋は不思議な温かさに包
まれていた。それは、部屋の真ん中に広がっている、澄み切った泉のせいだろうか。
どういうつくりなのか、石造りの床が真ん中だけ大きく切り取られていて、そこに溢れんばかりの水が青い光
を反射してゆらゆらと輝いていた。その泉の不思議な輝きに、由貴は我を忘れて見入った。
まるで心の底まで洗い清める力をもっているかのような、澄み渡った水面。そこに自分の顔を映してぼんやり
しているうちに、由貴は水面に映る虚像が、微妙に変化していることに気付いた。
水面がゆらめく一瞬、由貴の顔が、確かに別の人物の顔と重なるのだった。その人物の顔は由貴と非常に似
通っていたので、違いを見極めるのは難しかった。が、食い入るように水面を見つめていた由貴は、なんとか
顔を認識することに成功し、そして瞠目する。
由貴を見返してきたのは、清々しい若葉色の目をした、生真面目な顔の少女だった。
目をこすって今見たものをもう一度確かめようとした由貴は、背後にかすかな気配を感じて振り返った。その顔
がいきなり、嫌そうにゆがむ。
「何か面白いものでも見えましたか」
飄々とした顔で部屋の入り口にもたれかかっていたのは、例の奇怪な男だった。明るいところで初めて男を見
て、由貴は彼の髪が異様に長いことに気付いた。腰辺りまでもある艶やかな髪は、黒かと思ってよく見ると、
青い光に照らされて深い紫色に輝いている。
 由貴はすっくと立ち上がり、足音荒く男に歩み寄ると頭一つ分も高い彼の顔をにらみあげた。
「あたしをこんなところにさらって、どうするつもりよ!」
挑むような由貴の目を見返す男の瞳は、夜の海のような底無しの黒だった。何も言わない男に怖気づきなが
らも、由貴はさらに言い募る。
「昨日あたしの身に起こった変なことは、全部あんたのせいなんでしょう!?」
「変なことというと?」
「色々よ!最初は地震や変な空模様があたしにしかわかんなかったり、お次はあの雲!化け物!しかも気が
付けばこんなところに連れてこられちゃったし!どれもみんなあんたが悪いのよ!今すぐあたしをもとの暮らし
に戻して!」
激しく突き上げる感情にまかせて由貴は怒鳴ったが、男はまったく動じずに声を上げて笑った。
「貴方はずいぶんと自分に好都合な解釈をしているようだ」
「ど、どういう意味よ!」
顔を赤らめて尋ねる由貴に、男は鋭い視線を向ける。
「まず、地震や黒霞は"別世の衝突"によって起こった現象で、あれが人の仕業であるはずがありません。第
二に、餓狼たちがあなたに襲い掛かったのは、もとはと言えば貴方のせいです。不用心にも歌を詠唱して、奴
らに見つかったのは貴方でしょう」
「ただ歌っただけじゃん」
「そして第三に!」
憤然と抗議する由貴をさえぎって、男は語気を強めた。
「何度も言うようですが、私はあなたを助けたのですよ。もしあのままあそこに残っていたら、間違いなく貴方
は死んでいました」
由貴は口をつぐんだ。確かに彼の言うとおり、化け物に噛み付かれそうになったあのとき、彼が来てくれなか
ったら自分は顔面を食い破られていた。だいたい、今彼に怒鳴り散らしたのは、ただ自分の不安をなんらかの
方法で紛らわしたかっただけで、まるで根拠のない怒りだったことはわかっている。
由貴はしぶしぶといった様子で、彼に命を救われたことを認めた。
「でも…あたしは行かないって言ったのに、あんたが無理矢理連れてきたんじゃない」
ただ対抗したい一心で苦し紛れにそう言うと、男はつんととりすました顔で
「私は別に貴方の選択を尊重するとは言いませんでした」
なんとも可愛くない返答を返してきた。
由貴は憎らしげに男を睨み付けていたが、ふと思い出したように尋ねた。
「ねぇ、あの化け物…餓狼だっけ?あれは一体なんなの?普通の動物じゃないことは確かよね?」
「あれは"魔羅の吐息"から生まれた妖魔です。動物よりはるかに下賤な生きものと言えましょうな。動くもの
に噛み付く能しかありません」
顔にあからさまな軽蔑の色を浮かべて男は答える。由貴は訝しげな顔で聞き慣れない言葉を反芻した。
「あのさ、あんたの言うことって時々意味わかんない言葉が混ざってんのよね。"ママの吐息"ってなんなわ
け?」
「…正しくは"魔羅"ですが。忌まわしい悪鬼のことですよ」
「アッキ?なにそれ、あっこの親戚?」
ふざけ半分に聞くが、返ってきたのは冷たい眼差しだった。由貴は肩をすくめてみせる。
「だって普通の会話じゃ、ありえない単語がぽんぽん出てくるんだもん。わかってるわよ、悪い鬼ってことでし
ょ?でもまさかそんなのが本当にいるなんて言わないでよね」
男はぽかんと瞬きを繰り返していたが、あきらめたように大きなため息をつくと真剣な声音を出した。
「貴方がいたところがどんなところなのかは知りませんが、ここに来てしまった以上、今までの常識は捨て去
ったほうがよろしいですよ。悪いですけど、ここには妖魔も悪鬼も普通に存在しています。貴方が信じる信じな
いは自由だが、昨日貴方を襲った餓狼が、幻だったと言い切れる自信がおありか?」
男の真摯な眼差しに、由貴はなにも言い返すことができなかった。脳裏にあの夜のことがよみがえり、由貴の
背筋を怖気が奔る。
男はそんな由貴をじっと見つめていたが、つと視線をはずし、泉に歩み寄って水面の上に手をかざした。
水面がゆらぎ、まるで風にさざめくように浮き立つと、おぼろげな映像がホログラムのように浮かび上がった。
由貴は映像に目をやり、あっと声をあげる。それは由貴の街だった。街は今だに黒い雲にとらわれていた。全
く人気のない道路を、獰猛な顔つきの餓狼たちが我がもの顔で徘徊している。由貴は言葉もなくそれを見つ
めた。
「あの黒い霧が"魔羅の吐息"で、黒霧ともいいます。ここで常に発生している霧なのですが、どうやらあなた
の世界とこちらの世界が衝突した拍子に空間が裂けて、霧が貴方の世界のほうまで漏れてしまったようです
ね」
「はぃい?」
「そしてこの餓狼たちは、霧から生まれた生きものです」
由貴の素っ頓狂な声は無視して、男は話を続ける。
「悪鬼の発しているあのけがれた霧が、生きものを襲うしか能がない妖魔を生み出すのです。餓狼はまだ低
能な妖魔ですが、霧が濃くなるほど妖魔の持っている能力、姿形は変化し、より手強いものとなっていきま
す。そして彼らは、先程言ったように"歌"に敏感に反応する」
「ただの歌なのに?」
由貴が理解できないという口調で言うと、男は信じられないといった顔をした。
「ただの歌ですと?貴方が昨日詠唱したのは単なる歌なんかではありません。あれには多大なる魔力が宿っ
ているのです。妖魔たちはその魔力にひかれると同時に、恐れているのですよ」
男の言うことはやはり理解できなかったが、由貴は昨日自分が歌っていた様子を思い出していた。そういえ
ば、あの歌は確かに普通ではなかった。いつもの自分の声ではなかったし、歌声は喉から出ているというより
はむしろ、体の奥深くから沸き上がってくるような感じだったのだ。あの清々しさは、今まで感じたどんなことと
も比べようがない。
「まぁ、歌については今度瑠璃玉の巫女殿にでもじっくり教わればよろしいでしょう」
男はとりすました表情でそう言い、水面に手をかざした。
「あっ、待って!」
由貴の制止の声に、男が手をひっこめる。
「なんです」
「ねぇ、そういえば、皆はどこ行っちゃったの?」
「皆というと――」
「あたしの街に住んでる人たちよ。あんたがあたしを引っ張り回してる時から全く人の気配がしなかったのよ
ね。…あっ、まさか――」
ふいに恐ろしい予感が胸をよぎり、由貴の顔から血の気がひいた。
「まさか、みんなあの化け物に…!」
「それはありえません」
由貴を安心させるというより、単なる事実を告げる口調で、男が言う。
「よかった…でも、じゃぁみんなはどこにいるの?」
「ちゃんと貴方の世界に存在していますよ。ただ、動いていないだけです」
「え?」
「もしくは、時間軸を止められていると言いますか。妖魔たちには見つけられない場所にいるので、襲われる
心配はありません」
由貴はより一層不可解な顔をして男を見た。
「あの街に存在してるのに違う場所にいるっておかしくない?」
「次元が違う、と言ったほうが妥当だろうか。衝突の際に次元が歪んで、貴方と黒霧の空間、他の人々がいる
空間とに分けてしまったんでしょう」
「なんであたしだけ黒霧なんかと一緒に分けられちゃったのよ」
「貴方は特別だからです」
みも蓋もない男の答えに、由貴は不満げな声をあげた。
「なにそれ、あたしがどう特別だっていうの?」
「貴方は…」
男はそこで口を閉ざし、素早く水面の上で手をはらった。由貴が声をあげる間もなく、街の映像がぼやけて消
える。
男は妙に鋭い視線を由貴に向けると、噛んで含めるような口調で言った。
「貴方は、あちらの人間ではないからです」
「…は?」
あちら、というのが自分の世界のことだろうなぁ、と薄々感じながら、由貴は再び素っ頓狂な声をあげていた。
「あのさー、いい加減変なことばっか言うのやめてくれる?なんか混乱してきた」
「私は事実を言っているまでです。貴方の居場所は、あそこにはない」
突然に、由貴の顔が険しくなった。
「勝手なこと言わないでよ!」
「しかし事実なのです。貴方が衝突の際の地震を感じたのも、こちらの人間である証――何をなさるつもりで
す」
男の問いを無視して、由貴は石造りの床を用心深く掴みながら、泉に入り始めた。男が無言で由貴の腕をつ
かもうとするが、すげなく由貴に手を振り払われる。
「さわんないで!」
「何をなさるおつもりか」
「家に帰るのよ!もうこんなわけわかんないとこいや!」
「言っておきますけど、そんなことしても貴方が風邪をひくだけですよ」
 落ち着き払った男の声に、由貴はさらに逆行して怒鳴った。
「あたしを帰してよ!!こんなところにいたくない!妖魔とか歌とか、勝手にやってれば!?あたしは関係ないでし
ょ!?みんなのいる街に帰して!」
 一気に怒鳴り散らして荒い息をついている由貴を、男はなぜか痛ましげな表情で見下ろしていた。しばし、
由貴と男は無言で対峙する。
「…残念ですが、貴方はここで起きている出来事に非常に深く関わっているのです。それに、もう空間の歪は
閉じてしまった」
 男はちらりとだが、心底申し訳なさそうな顔をした。由貴は呆けたように男を見つめていたが、やがて、かす
れた声を絞り出すように、ぽつりと呟いた。
「じゃぁ、あたしはもう帰れないの…?」
 男は無言でうなずく。由貴は自失した様子で泉に浸かっていたが、男が不安げに口を開きかけると、「そう
…」と呟いて泉からあがった。
「じゃぁ、その空間のひずみっていうのは、もう開くことはないの?」
「いえ、詳しい日時はわかりませんが、再び歪が開く時がきます」
 由貴は意を決したようにため息をつくと、濡れそぼった髪をかきあげた。
「っていうことは、その時まであたしはここにいるしかないってことね」
 素早く首をめぐらせて男を見た由貴の顔は、混乱を振り切ったような超然とした表情が浮かんでいた。
「これからあんたにいろいろと教えてもらうことになりそうね」
 男は面食らったような顔をした。そんな彼を尻目に、由貴は髪をしぼりながら何か思案している。
「そうね――まずはここがどこなのか、どういった地形なのかを教えてちょうだい」
「やけに潔いですね」
 由貴は鼻を鳴らすと、恨みがましい目で男を見た。
「だってどうしようもないじゃない。今どうやったって帰れないなら、ここで生きるために何か行動を起こすか、こ
れが夢なら覚めるのを待つしかないわ」
「まぁ、賢い選択といえましょうな」
 男は感心したようにうなずくと、批判的な目でずぶぬれの由貴を見下ろした。
「しかしこんな所で立ち話もなんですから、とりあえず部屋にお戻り下さい。ついでに着替えていただかない
と。それから、私のことを"あんた"と呼ぶのはやめていただきたい。紫覡斗(しげきと)と昨日名乗ったはずで
すが」
「シゲキト…?違う、昨日あんた、確か紫炎(しえん)って名乗ったわよ!」
 男は動揺したように口元を引き締めると、「あれは…」と口ごもった。
「昨日は…すみません、いい間違えました」
「自己紹介いい間違える奴なんかいないわよ!」
 男は由貴の声を無視して、軽く頭を下げた。
「では再び名乗ります。役は覡斗、位は紫。紫覡斗とお呼びください」
 しかし、由貴は納得のいかない顔で男をにらみつけている。
「紫炎っていうのは、なんなの?」
「…それは字です。ここでは普通、役職名で呼び合うものですから」
「字ってことは、愛称ってことでしょ?なら別に紫炎って呼んだっていいじゃない」
「あ、愛称はめったに使わないものなんですよ」
「なによ、字とかかっこつけて言ったって、つまりはあだ名ってことでしょ。きーめた、あたしあんたのこと、"紫
炎"って呼ぶからね!シゲキトなんかより断然呼びやすいもん」
「…どうぞお好きに」
 由貴の押しの強さに圧倒されながら、男――紫炎は大きなため息をついた。その顔に、由貴の突き出した
指が迫る。
「じゃぁ、あたしのことも"貴方"って呼ぶのやめてよね!由貴って呼んでちょうだい」
 それに対して、紫炎の返答はなかった。




















トップへ 戻る 前へ 次へ